【入湯記】【西郷どん】区営鰻温泉

©区営鰻温泉

浴感穏やかな硫黄泉は、西郷どんゆかりの上質湯

✔ 西郷どんが一月逗留した記録が残る

✔ 泉質は、ふんわり香る硫黄泉

✔ 湯上がりに温泉蒸しタマゴをどうぞ

鹿児島市から車で1時間ほど。薩摩半島の南端に位置する指宿市(いぶすきし)は、怪獣伝説の残る池田湖や、薩摩富士の愛称で知られる開聞岳(かいもんだけ)など、雄大な自然に囲まれた観光地としてよく知られています。また、錦江湾(きんこうわん)に面した海岸沿いの砂むし温泉や、点在する鄙びた共同浴場なども有名で、鹿児島を代表する温泉地のひとつでもあります。

今から150年ほど前、明治の初めにも、ここ指宿の温泉をこよなく愛した偉人がいました。彼の名は西郷吉之助、隆盛の名で知られる幕末最大の英雄です。

大河ドラマ「西郷どん」で盛り上がる鹿児島から、西郷どんの親しんだ名湯を紹介するシリーズ、初回は、指宿市の「鰻温泉」(うなぎおんせん)をご紹介します。

明治7年(1874年)の2月(旧暦の師走)、山間にぽっかりと開けた鰻池のほとりに、数頭の猟犬を連れた一人の男が現れました。男は西郷吉之助と名乗り、庄屋の福村家にひと月滞在しながら、昼は猟、夜はこの地の温泉を楽しんだと伝えられています。(画像はいぶすき観光ネットより引用)

当時の西郷は征韓論に破れ、鹿児島へ戻ってきた直後でした。3月1日には、佐賀の乱に敗走し逃亡中の身であった前参議・江藤新平が彼を訪ね、新政府打倒の決起を促しましたが、西郷はこれを固辞。翌日、指宿まで江藤を見送ったとの記録が残されています。失意の中で土佐へ渡った江藤は、程なく新政府に捉えられ非業の死を遂げますが、西郷は敗軍の将たる彼の背中をどの様な思いで見送ったのでしょう。

さて、話を温泉に戻しましょう。現在は区営の温泉として入浴者を迎える鰻温泉。湯小屋は日本家屋を模した造りで、正面向かって左手に受付があり、そこで料金を支払った後、お風呂をお借りするシステムになっています。

管理人さんに200円を手渡し、早速お借りします。

浴場へ通じる引き戸を開けた瞬間、鼻を突く硫黄臭(敢えてその様に表現します)が入浴者を出迎え、ここが硫黄泉であることを強く主張していました。

浴場の中央には、うっすら緑に色づいた湯を湛える小判型の湯船。88℃の源泉に加水して供する湯船は少し熱めに保たれており、勿論かけ流し。湯量も豊富です。

さっと汗を洗い流し、期待を胸に湯船へ身体を沈めると、さらりとした湯心地に包まれました。筆者の経験上、鹿児島の硫黄泉ではアルカリ性のぬるすべ湯に出会うことが多かったため、その優しい感触に驚いたことをよく覚えています。(画像はいぶすき観光ネットより引用)

©区営鰻温泉

強い香りとは裏腹に、素直な湯心地の鰻の湯。ひとり韜晦する日々を送りつつ、西郷はこの湯に漂いながら一体どの様な思いでいたのか…。鰻温泉は、維新の頃に思いを馳せ、南洲翁を慕う人々を迎え入れながら、これからもお湯の歴史を紡いでいくことでしょう。

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湯上がりの後、先程受付で頼んでおいた「温泉蒸し卵」を受け取りました。鰻地区では、源泉から吹き出す高温の温泉蒸気を利用した「スメ」と呼ばれる蒸しカマドが各家庭に設置されており、それを利用した蒸し料理が名物として知られています。なるほど、別府の地獄蒸し同様、ここでも自然の恵みを日々の暮らしに巧みに活かしているんですね。

ぽかぽかの湯上がりに、ほんのり硫黄の香りが乗ったホクホクの温泉蒸し卵は格別です。西郷どんも食した(かもしれない)この温泉蒸し卵、鰻へお越しの際はお風呂とあわせてご堪能あれ。

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区営鰻温泉

住所:鹿児島県指宿市山川成川6517

電話:0993-35-0814

 

立寄料金:

大人(中学生以上)200円

小人(小学生まで)100円

未就学児 50円

 

営業時間:8:00~20:00(最終受付19:30)

定休日:毎月第1月曜日(GWなど繁忙期は要問い合わせ)

泉質:単純硫黄泉(硫化水素型)

アメニティ:ドライヤーのみ

駐車場:あり(20台)

※記事中の情報は公開日時点のものです

 

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