【入湯記】【別府】照湯温泉

殿様を癒やした湯船が残る歴史の湯

✔ 江戸末期の湯船が残る歴史の湯

✔ 浴場は日替わりの男女入れ替え式

✔ 営業時間は21時まで

✔ 九州・別府八湯両温泉道対象施設

江戸期に明礬鶴見村一帯を治めた、豊後森藩・久留島家の八代・通嘉(みちひろ)公(1787-1846)は、その業績から「久留島家中興の祖」とも呼ばれています。

藩政においては、倹約を旨とする財政改革を主導するとともに、家格から城を持つことが許されなかった自藩を憂い、陣屋(政庁)内に勧進されていた三島神社の改築を口実に、石垣や茶屋の栖鳳楼(せいほうろう)、そして豪奢な庭園の数々を増築し、さながら城の様な構えに作り変えたり、藩校の修身舎(しゅうしんしゃ)を創設して子弟の教化に尽力するなど、その姿は中々に行動的なお殿様だったようです。

もちろん、行動的な藩主の及ぶところは城下に留まらず、自藩の飛び領であった明礬鶴見村(現在の別府市明礬一帯)へも度々足を運び、見聞を行った記録が残されています。

通嘉公が治めた当時の鶴見村は、日本国内で消費されるミョウバンの約3割を製造した一大生産地であり、藩の財源を根底から支える大切な領地でした。見聞も、物見遊山で殿様が湯治に出向くという話ではなく、視察を藩主の重要な役目と考えていたのではないでしょうか。

そして、今回ご紹介する「照湯温泉」(てるゆおんせん)も通嘉公の見聞に由来したもの。藩命によって造営された「御前湯」が、幾度も建て替えを繰り返しながら、現在は地域の皆さんに愛される共同浴場として、この場所でお湯の記憶をつないでいるのです。

ちなみに、こちらの湯小屋は平成3年の新築。御前湯の趣を映す切妻造で、中央に番台と休憩処を備え、両翼に浴場を備える立派な作りです。地元組合員の皆さんにより、美しく保たれたその姿から、大切に維持されていることが良く分かります。

敷地内の泉源には温泉櫓がそびえ立ち、もうもうと湯けむりを吐き出していました。豊富な地下水に、高温の温泉蒸気を通して湯を作り出す「噴気造成」(箱根大涌谷でも同様の仕組みでお湯を作る)を、この櫓で行っているのです。

訪れたのは夕方の6時前。広く取られた駐車場には多くの車が停まっており、玄関に備えの靴箱にもたくさんの履物が収められていました。

流石にこの時間に写真を撮ることは難しいか…。半ば諦めながら、いつもの番台さんに200円をお手渡しすると、今日は向かって左側の浴場「姫様の湯」が男湯だよと教えてくれました。

ここ、照湯温泉では「ある理由」から、男女の浴場が日替わりで入れ替えになる、別府の共同浴場では珍しい仕組みで運営されているため「姫様の湯」が常に女湯である訳ではないのです。

ちなみに、向かって右側の浴場は「殿様の湯」と名付けられているのですが、その話はまた後ほど。浴場へ急ぎましょう。

番台から暖簾で繋がる脱衣場は、内壁から屋根に至るまで、ふんだんに杉板が使われ、天井に太い梁が通る様は、ちょっとした旅館の内湯を思わせる設えです。

好みはさておき、公民館を2階に備える別府スタイルの共同浴場とは、随分雰囲気が異なるこちらのお風呂。個人的には、観光客や共同湯初心者の方にもお薦めしやすい一湯だと思います。

当然というべきか、浴場には大勢の利用者さんが、ぐるりと湯船を取り囲んで身体を擦ったり、湯船に肩まで浸かって寛いだりと、思い思いに照湯のお風呂を楽しんでいました。

賑やかなのはいいことと、写真を諦めて輪の中に加わる筆者でしたが、賑やかな時間の一番最後に来たためか、一人また一人と利用者さんが浴場を後にし、最後は湯船の筆者と、洗い場に年配の男性だけとなりました。

すると、暖簾の向こうから先程の番台さんが現れ、年配の男性に向け「上がったよー」と声を掛けます。どうやら、先に上がった奥様の代わりにお知らせにきた様子。

「あぁ、そうかえ。ゆっくり入っちょっていいち、言うたんやけどなぁ」と、苦笑いしながらそそくさと身体を拭き出す男性の姿は、なんとも微笑ましいものがありました。

さて、最後の男性が奥様とお帰りになった後、幸運にも浴場にひとり残された筆者。

湯上がりに急ぎ写真を収めつつ、風呂場をぐるり見返すと、脱衣場と同様に防腐を目的にニスで仕上げられた杉板が張り巡らされ、飴色に光る湯小屋の美しさに改めて気づかされました。

そして、浴場の中央に真四角に切られた湯船。これが、浴場を日替わりで入れ替える「理由」です。

隣の「殿様の湯」には、照湯温泉が造営された当時の湯船で使われた石組みが残されており、今回利用した「姫様の湯」は、新築の際にそれを模して新造されたもの。

つまり、日替わりの入れ替えは男女の隔てなく、歴史ある湯船で殿様気分を味わってもらうための図らい、という訳なのです。(画像は「殿様の湯」を他日撮影したもの)

この「殿様の湯」、浴槽こそ、新しいものに置き換わっていますが、石組みの洗い場や、湯を流す樋は藩侯がお使いになった当時そのままの物だそう。

百年ではきかぬ年月を経たその姿に、明礬と照湯が重ねてきた歴史の重さを感じずにはいられません。(画像は「殿様の湯」を他日撮影したもの)

通嘉公が湯屋を作られて幾年月。様々な時代を経て、照湯の湯浴みは訪れる人すべての癒やしとなりました。

その癒やしを絶やさぬ様、地元の皆さんと利用者が手を携えて、新旧それぞれの湯船を守っていくこと。それこそが、次の世代へ照湯を繋ぐ架け橋になるのだろう。

一人残された浴場で、今と昔、それぞれの照湯に想いを馳せる。そんな梅雨空の夕暮れです。

※照湯温泉は「九州温泉道」そして「別府八湯温泉道」両方の参加施設です。泉人・温泉名人を目指す皆さまは、お帰りの際にスタンプをお忘れないようお願いします。

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訪問日:2018年6月14日

照湯温泉(てるゆおんせん)

住所:別府市小倉5組-1

電話:090-3736-8139

立寄料金:200円

営業時間:9:00~21:00

定休日:不定休

泉質:単純硫黄泉

アメニティ:なし

駐車場:15台

※記事中の情報は公開日時点のものです

 

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